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 この国だけで一億人以上いるし、この世界だけで七十億人以上いる。それが一人くらい減ったところで、世界は変わらない。
 私に、生きる価値はない。




 きっかけがなんだったか、もう覚えていない。ただ、人と話すことが大好きで、仲間を増やすことに全力を尽くす種類の人間にとっては、滅多に人と話さず、いつも教室の片隅で読書をしている奴は同じ生物には見えないのだろう。
 だから、トイレの個室に水を撒こうが、多人数で追いつめて金をせびろうが、急所に拳を打ち付けようが、それが「悪いこと」だと感じることはないのだろう。
 存在が不快だから?金銭が欲しいから?共通の敵を作ることで、仲間の結束が深まるから?
 きっと大した理由はないのだろう。都合のいいおもちゃが目の前にあった。その程度の認識。何か深い訳があるのかもしれないけど、どのみち違う生物である私に、彼女の真意を理解することはできない。

「あんたさあ、生きてて楽しいことある?」

 今日も私は、教師も来ない後者の片隅のトイレで、水を張った洗面台に顔をうずめる。気管に水が入りむせかえるが、新鮮な空気はほんの一瞬しか味わえない。すぐさま首を押さえられ、水面にたたきつけられる。無理矢理の体制で地面に当たる膝も、勢い余って縁にぶつかる喉も痛い。
 激しい水音と共に、激しい笑い声と私を罵倒する声が聞こえる。呼吸するのに精一杯で、反論する暇はない。そもそも声を上げるつもりはない。彼女らと私は違う生物。言語も通じない。

「どうせ生きてたってしょうがないんだからさ。死んじゃえばいいんじゃない?」

 やがて作業にも飽きたのか、私はタイルの地面に叩きつけられた。嗚咽が収まる頃にようやく視界に映ったのは、私を取り囲む数人の女性。どれもこれも、心底楽しそうに私を見下している。
 その中の一人、このグループの中心的存在の女が一歩前に出て、一切躊躇いのない脚を私の鳩尾に振り下ろした。
 内蔵が破裂するような激痛とともに、全身を不快感が駆けめぐり、喉に胃液が逆流する。唇を堅く縛り、胃液が溢れないようにこらえる。吐けばまた、行為の原因となるからだ。

「あたしがやるのもめんどくせーからさ、一人で死んでよ。あたしら知らないところで、勝手に」

 二つに縛った長い髪が私に当たるほど近づいて、彼女は私に言い残す。また高笑いを上げながら、グループはトイレを去っていった。
 このまま教室に帰っても、教師やクラスメートに不快な目で見られるだけだ。せめて髪だけでも拭かなければ。
 あいにくポケットのハンカチも激しい水流の余波を受けて多量の水を飲み込んでおり、髪からしたたる滴を受け止められる物は、個室の中のトイレットペーパーくらいしかなかった。
 本来の用途のため、溶けやすくちぎれやすい紙は、なかなか髪の水を吸い取ってくれない。強く押さえてしまえば、細かくちぎれて髪に貼り付く。
 鏡に映った自分の顔を見る。トイレットペーパーの滓がついたボサボサの髪はもちろんだが、それ以上に目に嫌気が差す。
 日頃のストレスで目元には隈が浮かび、どこか虚ろな瞳に生気などない。この学校に入る前、彼女との関係が始まる前は、こんなに死んだような目をしていただろうか。
 ふと気がつくと、睨みつけていた鏡の向こうの瞳から、滴がこぼれていた。頬をさすると、水道水とは違うなま暖かい水が手に貼り付く。感情を滅し、何も考えず、ただされるがままに生きようとしていたのに。心の奥ではそれを受け入れられなかったらしい。
 気づいてしまうと、涙が止めどなくあふれ出し、立ってることすら辛くなる。個室のドアにもたれ掛かり、そのまま地面に座り込んで泣き続ける。このまま泣いていたって何の解決にもならないのに、一度決壊した感情を抑えることはできない。

―――死んじゃえばいいんじゃない?

 それもいいかもしれない。彼女らの言いなりになるのは癪だが、遺書に彼女の名前でも書いておけば、死後にささやかな復讐くらいできるだろう。
 どんな文面にしようか、どんな死に方にしようか・・・そんなことを考え始めた頃。突然携帯が震えた。
 こんな私に一体誰がメールを・・・と思いながら開くと、差出人のアドレスは見たこともない・・・どころか、まるで文字化けしたような適当な羅列だった。アットマークすらない。
 スパムメールにしては、リンクアドレスはない。どころか、本文の一行目から私の名前が書かれ、これがばらまきの迷惑メールではないことを示していた。
 本文は要約するとこうなる。

・あなたに死者の魂を回収する仕事を任せる。
・毎週送るメールに記載されている時間、場所で人が死ぬので、魂を回収すること。
・仕事のために、物質をすり抜け、周囲の人間から認識されなくなる能力を与える。

 以下、数人の人間の名前と住所と時間、死因が書き連ねられている。これがこれから一週間、この近辺で死ぬ人間なのか。
 普通に考えれば荒唐無稽、あり得ない話だ。百歩譲ってそんな存在がいたとして、なんで私に任せるんだ。適任者は他にたくさんいるだろう。
 だけど、なぜか。私はそれを信じていた。

「まだいたの?そんなにここが気に入った?」

 突然の声に顔を上げると、ショートカットの少女が入り口から私を見下ろしていた。先ほど私を苛めていたグループの、下っ端の一人だ。
 授業の時間になったから探してこいと言われたのか、まだ苛めたりないのか。どうでもいいか。所詮は別の生き物だし。
 折角だし試してみよう。メールに記載されていた能力。使い方はなぜか、もうわかっていた。

「・・・あれ、あたし、何でこんなところに来てたのかしら」

 私側は特に変わったような感覚はない。しかし少女の汚物を見るような見下した目が途端に泳ぎ、なぜこんな校舎の端に来たのか、そもそも私という存在すら突然記憶から消えたような反応を見せる。
 先ほどもたれていたドアに手を伸ばす。何の抵抗もなく通り、ドアの向こうに手が伸びた。これが能力・・・"透明化"とでも呼ぼうか。

「これは・・・いい力を手に入れたわ」

 私の笑い声が、首を傾げながら教室に戻る少女の耳に届くことはなかった。


    ※


 それ以来、私が苛められることはなくなった。
 登下校の時間、休み時間には決まって私は"透明化"する。その瞬間私の姿は消え、全ての人間から私の記憶も抜け落ちる。突然姿が消えても誰も疑問に思わない。あれだけさんざん私をつけ回す、あの女からも。
 そして休み時間が終われば、私は自分の席に座って能力を解除。私は突然現れるが、それも誰も気づかない。あの女は多少気づいているようだが。
 どうやらあの女から見れば、誰かを苛めようという記憶は残っているらしい。しかし私が"透明化"すれば、誰だったのかを忘れてしまう。解除すれば途端に思い出すが、その時はすでに授業が始まっている。数十人の生徒と教師がいる場所でそんな行動を起こすわけにもいかないので、いつも苛立たしそうに机に拳を打ち付けている。
 次第に彼女を始めとした苛めグループは、休み時間になるとどこかへ走って行ってしまうようになった。私を思い出すきっかけを探して回っているのだろう。無駄な努力を。
 そうして苛めは収まり、苛めグループ達のストレスは溜まり、その様を見て私のストレスは発散された。
 当然、毎週届くメールの仕事はこなしている。怠れば能力を剥奪されるかもしれないし、これといって断る理由などない。ほぼ毎日誰かの死を目撃するのは多少辛く感じるが、今まで散々人を苦しめてきた女の苦しむ様を見れるなら辛くも何ともない。
 私の生活は一転、少し常識外れだが非常に穏やかで快適な日々となった。


    ※


 その平穏な日常が一変したのは、この仕事と能力を得てから数ヶ月後のことだった。

「ようやく捕まえたぞ・・・」

 薄暗い理科室の中でもわかるほどに青筋立てた女が、私の首を締め上げる。
 取り巻きはいない。苛めがなくなったことでグループの結束も解け、このリーダー以外は私に興味をなくしたようだ。それでも私を追い回すこの女の執念は、同性だがあまり理解はできない。

「どういう手品を使ったのか知らないけど、散々逃げ回った分、たっぷりやらせてもらうわよ!」

 叫びと同時に女の腕が私の腹に打ち付けられる。この痛みも久しぶりだ。しかしながら、それ以上の苦しみで死んでいった人たちを数多く見てきたので、この程度大したことないと感じてしまう。痛いことに変わりはないが。
 躊躇なく二発三発、拳や蹴りが飛ぶ。数ヶ月溜まりに溜まった鬱憤を一気に解放すればこうもなるのか。同時に、この女に他にやることはないのかと呆れもする。

「どうしたのさ!いつもの手品で逃げればどうよ!でないと死んじゃうわよ!」

 怒りとも楽しみともとれる表情で攻撃を続ける女。理屈は把握していないけど、捕まえてしまえば逃げられることはないと確信しているようだ。
 実際のところ彼女の予想は外れであり、私はこんな状況でも"透明化"しようと思えば可能だ。私はあえて何もせず、彼女の攻撃を甘んじて受けているのだ。
 理由はいくつかある。最近苛めがなくて退屈で、たまには受けるのも悪くないと感じ始めたから。彼女の言葉や実際に殺したいほどの殺気に反して、私が今日は死なないことを知っているから。そして。

「死ぬのはあんただよ」

 彼女の最期は、自分で見届けたかったからだ。
 彼女の蹴りで私がガラス棚に叩きつけられると、その衝撃が棚を揺らし、上部に積まれていた段ボールが落ちる。
 勢いがよかったのか、段ボールは私を越えて蹴り飛ばした彼女へとむかい、中の物をぶちまける。
 段ボールに書かれていた文字が硫酸だと気づいたのは、彼女が醜い悲鳴を上げたあとだった。

「ぎゃああああああああああっ!!」

 この程度の悲鳴は聞き慣れたものだが、やはり見知った、その上憎い相手だとどこか心地いい。
 皮膚が焼けただれる音と服が腐食する音、のたうち回ってさらに硫酸を身体に触れさせる音、そして断末魔が理科室を震わせる。そのうち物音に気づいて誰かがやってくるだろう。その前に"透明化"しておきたいが、彼女とはもう少し話をしておきたかった。

「あ、あんた・・・あんたが仕組んだのか・・・」

 肌色の皮膚が焼け、赤い真皮がむき出しになったグロテスクな顔で、彼女は苦しそうに声を上げる。"透明化"ができるなら、これくらいの運命操作などお手の物に見えるのかもしれない。

「仕組む?冗談でしょ。あなたは今日ここで死ぬ運命だったの」

 今週の頭に届いたメールには、今日この時間この場所で、彼女が事故死することが記載されていた。一体どんな最期を遂げるのか気になって彼女のなすがままになってみたが、まさか私がそのきっかけを作るとは。

「私は魂を回収して運ぶだけ。もちろん、もうすぐ寿命が尽きるあなたの魂もね」

 人差し指を立て、何もない空間に一筋の線を引く。90度傾けた瞼のように空間が開き、向こうが異空間へとつながる。そもそもその光景が女に見えているのかは知らないけど、どうでもいいか。もう死ぬんだし。

「あんたは一体・・・何者なんだ・・・」

 頬の肉がこけ、唇が溶け、頭蓋骨の形が見え始めた女が、見開いた眼球でこちらを睨む。
 何者なのか。その問を受けて、ようやく私は理解した。やはり彼女らと私は、別の存在なのだろう。
 彼女らが人間なら、私は何者か。これから死ぬ者のもとへ赴き、魂を抜き取る。超常の力を持ち、人間が死ぬことに恐怖や抵抗を感じない。この仕事に当てはまる名詞を、私は一つしか知らない。


「私は、死神だよ」


 嫌だ、死にたくない。そう目で訴える彼女の額に手をかざし、魂を抜き取る。どんな聖人君子でもどんな悪党でも、死んでしまえば皆同じ、ソフトボール程度の白い球になる。
 蹴り飛ばし、投げつけようか。一瞬考えたが、そんなことをしたって何にもならない。いつも通り異空間へと送り、今日の仕事は終わった。
 それは同時に、私の苛められ続けた人生の終わりも意味していた。


    ※


 それからさらに数週間経った。
 誰もいない理科室で彼女が何をしていたのかわからないが、ただの事故死として片づけられた。
 しかし、私を苛めていた首謀者の死は、私が呪い殺したのではないかなんていう噂が立っているようで、一緒に苛めていた取り巻きはもちろん、クラスメートは私と距離を置くようになった。
 どうでもいい。一人になるのは好きだし、死神だ悪魔だと畏れられるのは案外悪い気がしない。死神なのは事実だし。
 私はたった一人で。人々から敬遠されながら学校生活を送っていく。
 そう、思っていた。


 真夜中の校舎屋上。当直教師に警備され立ち入り禁止のはずが、すんなりとたどり着くことができた。これも運命なのか。
 フェンスを乗り越え、建物の縁に足をかける。五階建てビルの屋上、眼下には20メートル下のグラウンドが見えるが、足がすくむといった感情はわき起こらない。
 フェンスに身体を預けながら、携帯を開く。今週送られてきたメールに書かれていた人はたった一人。この時間この場所で、飛び降り自殺をする。
 私の名前が送られてきたとき、私は動揺も恐怖も感じなかった。そろそろ死のうと思っていた矢先のことだ。
 あの女の死に負い目を感じたとか、数多くの死人を目撃して鬱になったとかそういうことじゃない。疲れた・・・いや、飽きたというのが正しいか。
 人生何をしようが、最後には皆死ぬ。たくさんの魂を回収することで、そんな当たり前の摂理を今更理解した。
 どうせ人間、生前何しようが最後には真っ白なソフトボールだ。だったら天寿を全うしようが、今絶とうがどうでもいいんじゃないか。そんな私の感情すら、このメールの送り主にはお見通しであり、運命として決定づけられている。滑稽じゃないか。結局人間は誰かの箱庭の中で踊る哀れな人形にすぎない。
 こんな負の感情ばかり沸き起こるのは、やはり鬱状態に陥っているのか、あの女の呪いが届いているのか。

「人を呪わば、穴二つ・・・か」

 地面を蹴ってから大地に身体を打ち付けるまで、ほんの数秒だった。たったそれだけで死ねる。死神といえど、何とももろい存在だ。
 頭蓋が砕け、眼球が破裂し、痛覚を伝える神経が寸断され、それでも私の意識は体の中にあった。視界は真っ暗だが、そよ風と虫の声は届く。
 どれくらい経っただろうか。自然の音に紛れて、男の声が聞こえてきた。なんだ、死神死神と言ってきたけど、やっぱり私も人間だったんじゃないか。

「こんばんは、死神です」

 こうして死神が、迎えに来るのだから。





私が定期的に発症する「救いのない話書きたい病」の赴くままに久しぶりの死神でした。

今回は死男(仮)や死子(紫希)の話ではなく、番外編というかまた別の死神さんの話。一応ラストに出てきた死神は死男だと思いますが。

全員が全員学生というわけではありませんが、こんな感じで死神は全国各地にいっぱいいる設定です。あなたの隣人も実は死神かも。


最初は死子の過去編として書きはじめたのですが、救えない話病の発作のせいで死にモノになってしまい、繋がらねーじゃん別人にしようということで。

これの副産物として死子の過去とか思いついちゃったのでいつか書きたいと思いますが、最近死子しか書いてねーな・・・いいかうちのマスコットだし。野郎なんてどうでもいいし。

いっそあの二人は忘れて毎回主人公を変えるスタイルとか面白いかなとか思い始めたり。だって死子動画でキャラ違いすぎてこっちで書きづらいんだもん。
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