「僕の彼女が幽霊になりました」


『じゃあねーロボットのわたし。わたしはまた流くんのおうちにやっかいになるから』
「あ、ズルい!わたしも流くんとお泊まりしたい!」
『未成年が男の子の家にお泊まりなんてちょっと問題あるんじゃなーい?なんせあなたは人から見えるんだもん』
「なによー!今朝まで観白ちゃんが気づいてくれなかったってべそかいてたくせに!」

 同じ声ゆえ、目を閉じればまるで一人二役で喧嘩しているようだ。
 しかし実際のところは、元が同じとはいえ全くの別人。口喧嘩は収まるところを知らずヒートアップを続けていた。




「・・・とりあえず」

 僕の家とユキの家の分かれ道。夕方で人通りの少ない道とはいえ、周囲は民家だ。優希は僕とユキ以外に聞こえないからいいが、ユキの方はこれ以上大声になると周囲から苦情がくるかもしれない。
 適当なところで僕が声を挟むと、二人ともぴたっと口を閉じた。

「お前ら二人とも、高梨家に帰れ」
「『えーーー!?」』

 声の出すタイミングが一緒な上、同じ表情、同じリアクションで左右から僕を見てくるもんだから、まるで立体視映像でも見ている気分になる。

「ユキ」

 まずは右の方、ピンクの髪のユキを向く。

「昨日の僕を病人と認識したように、今の君も端から見れば故障したアンドロイドに見えるぞ」
「え、そ、そうか。みんなには幽霊のわたしは見えてないんだった」
「それに優希の言うとおり、僕らはまだ高校生だしあまりそういうことはしない方がいいと思う。だから今日は帰れ」

 人間からアンドロイドに、として命令したつもりはないが、ユキはしゅんとうなだれながらも首を縦に振った。

「で、優希」

 満面の笑みで「わたしの言い分が通った!」とでも言いたげにユキを見下ろす黒髪の優希。僕の口調からそうではないことを察したのか、すぐに顔をこわばらせた。

「僕が昨日泊まることを許したのは、他に君を認知できる相手がいなかったからだ。今はユキがいるだろ?」
『そ、そうだけど・・・』
「わかるだろ?僕だって毎日面倒見るのはつらいんだ。これ以上つきまとうんだったら除霊師にお祓いを頼むぞ」
『ひーー!!』

 幽霊にとってはスナイパーへの暗殺依頼も同然だろう。涙目でユキの後ろに隠れる。
 もちろんお祓いなんてするつもりは毛頭ないが、幽霊になって生前より調子に乗ってる優希には少し釘を刺した方がいいだろう。悪霊になって本当に呪い始めたら怖いからこれくらいにしておくが。

「休みの日はいくらでもデートしてやるから。とりあえず今日は二人ともここでお別れ。いいな?」
「『はーい・・・」』

 優希とユキはすっかりうなだれた表情で、とぼとぼと自宅への道を歩き始めた。
 さすがにかわいそうすぎただろうか。夜に電話してあげよう。


 と、軽い気持ちで電話したら後悔した。

『もーうるさいのよ優希ったら』

 今話しているのはアンドロイドのユキだ。優希の方は実験してみたが、やはり声が空気を震わせるわけではないので通話はできなかった。
 ちなみに大抵のアンドロイドには救急や警察への緊急連絡ができるように通話機能が内蔵されているが、バッテリーを大量に消費するため一般生活を送るアンドロイドは別に携帯電話を持っていることが多い。ユキも生前の携帯をそのまま使用している。
 で、いったい何がうるさいのかというと。

『わたしっておっぱいが七二センチのBカップって小さいのが生前のコンプレックスだったのね。だけど今のわたしが専用のソフトを使えば数センチの体型変更が可能って言ったらずるいずるいって・・・何よ、いいでしょ本当のことなんだから』

 どうやら電話の向こうでは優希が通話を妨害しようとしているようだ。当たり前だろう。僕だって知らなかった優希のバストサイズやコンプレックスをこうもあっさり明かされたのだから。

「ユキ・・・そういうのってあんまり口にしない方がいいぞ」
『そうかな?でもやっぱり流くんにはわたしのこと全部知っててほしいの。今は生前と同じ七二、五八、八〇なの。あと子供は作れないけど疑似生殖―――』
「やめろって!」

 おそらくユキには恥ずかしいという感情を作り出すほどの演算能力がないのだろう。その上に優希を人間としてみてないから三原則や守秘義務を適用するとは考えられず、このようにぺらぺらと優希のあられもない情報を漏らしてしまう。そして人間として命令することもできない優希に、それを止める術はない。

「細かい話は明日学校で聞いてやるから、今日はもう寝ろ」
『はーい』

 とりあえず問題を先延ばしにすることはできたが、明日にはまた悪意なき猥談に付き合わされるのか・・・と少しため息がこぼれた。


    ※


.....

Basic Input Output System.....boot OK.

Operating System Detection.....Complet.

Welcome to ASURA 1.6.9

Ego program boot.


 いつも目が覚めるとき、目を開く前にブートストラップの文字列が浮かぶ。どうもいまいち慣れないなーと思ってたけど、どうもいつもと違う。なんだか文字のドットが粗いし、OSのバージョンどころか丸ごと違う。
 目を開けると、視界もなんだかおかしい。なんというか、解像度が。
 かすみ目かな・・・なんて人間の時の感覚で思わず目をこすろうとして、視界に入る手に驚く。
 鉄の灰色がむき出しになったパイプ状の腕と、ピスタチオを割ったようなハサミ型の指。いったいいつの時代のマジックハンドだ。

「よう、起きたか」

 聞き覚えのある声にいつもと違うモーターの駆動音を聞きながら顔を動かすと、寝ている私を見下ろす流くんが視界に映った。
 同時に目の端にARでステータスが表示される。巻世流一。獅子瞳高校二年生で、私とはクラスメート。そして生前から今も螂ス縺阪↑逶ク謇。
 ・・・なんか文字化けしてる。そこに何が書かれていたか、思い出せない。

「流くん、私、どウなったノ?」

 声も変だ。機械で合成されたような音・・・ってそれはいつもそうなんだけど。

「記憶が飛んでるのか。朝学校に行こうとして、お前はトラックに跳ねられたんだ。それで体はほとんど破壊されたから、記憶メモリ部分だけ別の体に移した」

 ああなるほど、だから全身くまなくいつもと違うわけだ。
 あれ、でもさっき見えた腕ってもはやアンドロイドとも呼べない代物だったんだけど・・・

「病院に使える義体が残っていなくて、旧世代の人型ロボットに入れた」

 と言いながら流くんは私の眼前に鏡を出す。銀色の鏡面に映るのは、なるほど確かに人型ロボットだ。

「こレが・・・私?」

 ドラム缶から人間と同じ配置で腕と頭が付いているから人型と主張できる程度であり、今の時代これをアンドロイドと呼ぶのは難しい。
 鉄の装甲を隠そうともしない肌にはいくつかランプが浮かび、頭はつぶれた球体に切れ込みが入ったもの。その切れ込みの奥に緑色のカメラが一個あり、鏡越しにこちらを見ていた。
 生物の知能の高さを示す一つの基準として、鏡像認知というのがある。鏡に映った自分を自分とわかれば、人間の二歳程度の知能はあるということになるとか。
 この鉄板で作られた体を、私は自分だと認知していた。

「・・・あ?確かに見た目は全然違うけど、ユキには変わりないだろ?」

 流くんの声に視線を戻すと、流くんは左の方を見てだるそうに話をしていた。
 誰と話しているんだろう。そこには誰もいないのに。

「ああ、そうか。幽霊センサーとやらもないから優希のことが見えないのか。まあそのうちインストールしなおそう」

 ユキ?ユキは私じゃないの?
 ああそうか。メモリにわずかに残ってる。私の逕溷燕縺ョ鬲が蟷ス髴になって陂?▲縺溘s縺?。
 メモリが壊れている。何かが思い出せない。

「なんか、メモリの総量が違うからだんだん昔の記憶も消えていくらしいけど、いざとなったら優希もいるし大丈夫だろ」

 優希、優希って誰?私はYHAN-03YUKI・・・違う。違うはずなんだけど。
 わかラなイ。演算がでキない。[巻世流一]ハ何をしてイるんだろう。私は[巻世流一]をどう認識しテいるんだッたっケ。

「なんだよ、まあ確かに同じ顔が二つ並んでるのは不気味だったけど、そんな言い方はないだろ」

 [巻世流一]ノ言動ガ理解不能。CPUノ発熱ガ危険域ニ近ヅイテイル。
 システムフリーズ、安全ノタメe382b7e383a3e38383e38388e38380e382a6e383b3e58f8ae38393e383a1e383a2e383aae3838e111001101011011010001000111001011000111010111011111000111000001110110010111010001010000110001100111000111000001010100100111000111000001110011110111000111000001010111001111000111000000010000010


    ※


.....

Hibernation release.....Complet.

Operating System Detection.....Complet.

Welcome to HOS 3.1.0

Ego program boot.


 いつも目が覚めるとき、目を開く前にブートストラップの文字列が浮かぶ。やっぱり慣れないものだ。
 目を開けると、いつものベッドからみる天井。解像度もいつも通り。目やになんて出ないけど、人間だった頃の癖で右手で目をこすりながら、先ほどまでの記録を再生する。
 再生しながら、自分の手を見る。チタンフレームとシリコンを主体に作られているけど、肌色で、柔らかくて、指が五本ある。当然私はトラックに跳ねられていないし、アンドロイド用病院に連れて行かれてもドラム缶に記憶が移植されるなんてことはない。

「アンドロイドも・・・夢は見るんだな」

 アンドロイドの睡眠とは、CPUをスリープモードに移行し、効率よく充電、ついでにネットワークから更新プログラムをダウンロードする期間のことを差す。シャットダウンとは違い、CPUも完全に停止する訳じゃないから演算(思考)は続いていて、その際何かの拍子でメモリ再生やシミュレーションが行われれば、それは人間でいう夢になる・・・
 んだろうけど、だからってなんでこんな悪夢をシミュレーションするんだCPU。だんだん記憶がなくなってただの機械と成り果てる様は思い出すだけでも鳥肌が立ちそうだ。立たないけど。

『おはようユキ。なんか幽霊でも見たような怖い顔してるけど、何かあった?』

 首を横に傾けると、黒い髪を漂わせる優希がこちらを見ながら幽霊ジョークをかましていた。自分と同じ顔をしたものが別にいるというのも慣れないものの一つだ。

「おはよう優希。幽霊は今も見てるけど、それより怖いことかな」

 私は優希に今見た夢のことを話した。アンドロイドが悪夢なんて、と笑ってほしかったけど、聞き終わった優希は感心したように頷いた。

「・・・なんで?」
『私は寝れないから夢は見ないんだけど、似たようなことを考えたことがあるの。幽霊なんて不安定な存在だから、そんなことになるかなーって』

 人間では流くんにだけ見えるのは原因が不明で、いつか突然見えなくなったらどうしよう。忘れられたら。成仏したらどうなるのか。
 いつかテレビで見た幽霊は、怨念だけが残り生前の自分すらも忘れたものもいると解説されていた。自分に怨念はないけど、いずれは自分の姿も忘れてただの人魂にでもなるんじゃないか。夜、真っ暗な部屋の中で眠気も訪れない優希は、終始そんなことばかり考えていたらしい。
 幽霊とアンドロイド。存在もジャンルもまったく違う二人だけど、悩みは同じ、「私はいつまで高梨優希でいられるのか」。非科学的なことには演算が落ちる私だけど、優希が何を怖がっているのかは共感できた。

「・・・大丈夫だよ」

 語りながら辛い想像を思い出していたのか、目尻に涙を浮かべる優希に、私は今作れる精一杯の笑顔を浮かべる。

「アンドロイドってのは消去しない限り記憶は消えないから。あなたが見えなくなろうと成仏しようと、私はあなたのこと覚え続けるよ」

 流くんが忘れても、優希が消えても。私は決して忘れない。それがアンドロイドの、何より誇れる点だから。
 さっき出来の悪いメモリーに移されて記憶が消える夢を見たってのはさておいて。

『・・・私も、あなたが人間の心を忘れる度、思い出させてあげるわよ。どんな体でも、あなたは高梨優希だって』

 私の慰めに感謝しているのか、優希はため息と苦笑混じりに言った。
 記憶と顔をコピーしただけの私は、所詮模造品。本物の魂である幽霊の優希は、どこか私を認めないような口振りを感じていた。それが今、優希が私を高梨優希であると認めてくれた。なんだか、師匠に免許皆伝を認められたような気分だ。
 なんだか面白くなって、優希に向かって笑う。優希も私に向かって笑い返すと、まるで鏡を見ているようだ。やっぱりどちらも高梨優希だ。考えることも、笑い方も瓜二つだ。

「ありがとう、私を優希と認めてくれて」
『ま、そこは認めるけど、あなたと流くんが交際するのは認めないわよ』
「な、何それ!そこは認めようよ私も優希なんだから!」

 ・・・こういうところも、瓜二つだ。






このままトップページで「連載中」と称するだけの打ち切りシリーズの仲間入りになるんじゃないかと思ってました。

というわけで直線三話です。


元ネタは火の鳥復活編よりロビタ。ロビタが昔の記憶を失うシーンは軽くトラウマです。というか私記憶喪失系って概ね苦手。

できるだけリアリティ出そうと思い、文字化けはUTF-8からSJISに変換、思考が16進数や2進数になるところも適当ではないので暇人は調べてみてください。

あとはOSとか。General Unilateral Neuro-Link(ryはわかりやすすぎるだろうしやめた。


アンドロイドって夢を見るのかなーとプロの考察がないか調べても某小説が出るし、アンドロイドの起動手順ってどんな感じかなーって調べても某スマホOSが出てくるし苦労しました。

PLUTOの1巻とか、グーグルの人工知能が見た夢とかいろいろあるっちゃありますが。


アンドロイドの方ばかり書いているので、次回は幽霊サイドの話を書きたいなーと思ってますが、そろそろ完結に向かわせようとも思いつつ・・・

今年中には完結させます。たぶん。
スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://soranomukoue.blog50.fc2.com/tb.php/2202-f7ba452d