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―――もういいかい

―――まあだだよ



 南の空は雲一つなく、どこまでも広がる青空からぎらぎらと太陽が照りつけていた。
 最後に日本を出たのはいつだったか。あの時も、ここまで南下はしなかった。まさかこんな形で来ることになるとはな。

「長門さーん!」

 振り返ると、いつの間にこんなに離れていたんだろう。水平線の手前から必死にこちらを目指す酒匂が見えた。
 遅いぞ、とかつてなら恫喝するところだが、今の私はそんな立場ではない。おまけに彼女はタービンをやられている状態でこんなところまで来たのだ。

「すまない。ゆっくり行こう」
「いえ、大丈夫です・・・ぴゃあ~!」

 酒匂の速度に合わせ、ゆっくりと目的地に向かう。その環礁が見えてくると、酒匂は独特な感嘆の声を漏らした。彼女にとっては初めて見る相手だ、仕方ないだろう。
 幅三十キロほどの小さな環礁の中に、戦艦から輸送船まで七十隻ほどの艦艇が集結している。密度で言えば軍港や泊地と大差ないが、他の艦はほとんどが米軍のものだ。
 私たちの仲間を沈め、多くの国民を恐怖させた仇敵たち・・・とは、もう呼べない。今の彼女たちは、もはや運命共同体だ。

「あ、あの、長門さんですか?」

 艦の群の中から、一隻の巡洋艦が歩み寄ってきた。よく見れば彼女は米軍とは違うようだ。

「そうだが、君は?」
「初めまして!ナチスドイツ海軍アドミラル・ヒッパー級重巡洋艦、プリンツ・オイゲンです!」

 そう言って彼女は、手を額にかざす挙手敬礼をした。その直前に腕をぴんと伸ばすナチス式敬礼をしかけたところが、なんともドイツらしい。
 言われてみれば、艦橋の形や砲塔の配置は伝聞で聞くドイツのビスマルクによく似ている。もっとも今は主砲などは全て取り払われてしまっているが。

「ビッグセブンのお一人、長門さんのお話はドイツでも伺ってました。最期にお会いできて光栄でした!」

 こちらを上目遣いに見つめてくるプリンツ・オイゲンの瞳は、神にでも会ったかのように爛々と輝いていた。その表情がいつかの観艦式で見た子供たちと重なり、胸が少し痛くなる。
 ビッグセブン。最大の船体と最強の火力を持ち合わせた世界最強の七隻。妹と共にそう呼ばれていた時代もあった。もっとも、大艦巨砲がものを言う時代は終わりが見えていた頃のことだ。同時期に作ろうとしていた仲間の二隻が空母になり、四隻が完成を待たずに計画終了したことが、それを物語っている。

「ああ。短い間だが、会えてよかった。よろしく頼む」
「Ja!」

 満面の笑顔で頷くと、プリンツは元の配置に戻っていった。あんな元気な声を出せる性格、そうそういないだろう。

「ぴゃ~、元気いっぱいな娘でしたね~」

 と、私の後ろにいた軽巡も似たようなものだった。
 そうだな、これからの運命を考えると、とてもあんな表情は出せない。周りの米艦のように、生気を失ったような顔が当然だ。
 しかしプリンツの声は、腹の底から出しているとは思えない、空元気な声に思えた。きっと彼女も無理に表情を作り、これから待ち受ける恐怖に耐えているのだろう。
 1946年、マーシャル諸島、ビキニ環礁。我々はここで、新型爆弾の標的艦にされる。
 二発合わせて17万の国民を一瞬で奪った爆弾。奴こそ、日本国民の仇だ。
 しかし今の私に何ができる。武装は全て取り外され、乗組員も環礁の中に入ると全員出て行った。撃ち落とすことも、逃げることもできない。ただそこに立って、食らい、沈むだけだ。
 ならば、立っていればいい。食らえばいい。だが沈みはしない。奴らの思い通りにはならない。それが私の最後の戦争だ。
 150の支援艦が固唾を呑んで見守る中、四発の爆音と共に現れた銀翼の爆撃機が、腹から一発目の爆弾を投下した。
 誰も声を上げなかった。声にならないほどの恐怖か、全てを諦めた思考停止か。私は覚悟を決めた意思表示として、決して声は上げなかった。
 閃光。爆音。衝撃波。熱風。五感全てを焼き付くす衝撃が環礁内を襲った。
 眩んだ目が元に戻るまで数秒だったと思う。そのわずかな時間の間に、景色は一変していた。
 目の前に上がるキノコ雲はいったいどこまで上るのだろう。空気全てが燃え上がっているように、青空が赤く見えた。
 自分の体を見直す。装甲の一部が少し溶けただけだ。これなら沈まないどころか、自力で航行だって可能だ。なんだ虚仮威しか。新型爆弾が聞いて呆れる。
 と言いたいところだが、周りを見るとそうも言えない。衝撃波で吹き飛ぶもの。熱波で焼け焦げるもの。津波に流されるもの。小型の艦艇は軒並みやられていった。

「酒匂・・・」

 ふと、同郷の彼女が気になった。確か彼女がいる場所は・・・今まさにキノコ雲が浮かぶ場所だ。
 一キロ以上離れたここでこの衝撃だ。真上から受けた酒匂は、もはや原型すら留めていないのでは・・・

「・・・ぴゃあ~・・・」

 雲が霧散すると、爆心地に彼女が立っていた。しかしその姿は、とても無事とは言えない。
 辛うじて艦橋は残っている。しかしそれより後部のマスト、煙突、兵装、フライングデッキはなく、ただ瓦礫が積まれるのみだ。むしろよく、船体が残っていたといえる。
 ぐるぐると目を回す酒匂の姿を見て、私は胸をなで下ろす。しかしすぐにそれはおかしいと気づいた。
 じきに第二、第三の爆弾が投下される。彼女も私も、それを受けてさらに無惨な姿を晒すことになる。たとえ全ての爆弾に耐えたところで、待っているのは調査のための解剖か、標的艦か。そんな苦しい未来を待ち受けるくらいなら、今沈んだ方がよかったんじゃないか。

「・・・阿賀野・・・姉・・・」

 息も絶え絶えに上げた苦しそうな声。それは、彼女の姉の名前だった。

「能代姉、矢矧姉・・・見てて・・・私も、ちゃんと戦うから・・・」

 全身が焼けただれ、艤装が全てなぎ倒されても。彼女は両足に力を入れて立ち続け、目にははっきりとした意志を宿していた。
 そうか、私が戦っているように、彼女もこれを戦いだと認識しているんだ。
 完成が遅れ、一度も戦場に出ることがなかった彼女。戦いの中で没していった姉たちに負い目を感じているのだろう。
 その体は、いつ崩れ落ちてもおかしくないほどに破壊され尽くしている。彼女にはいったいどれだけの痛みが生じているのだろう。

「・・・っ、酒匂!」

 燃え盛るその後ろ姿に、思わず声をかける。

「もういい」

 君は十分に戦った。たとえ戦場に出なくても、敵を沈めなくても。君の最期の勇姿は米軍に記録され、やがて日本にも伝わるだろう。そのとき日本国民はきっと思う。「酒匂は日本の誇りだ」と。
 君は勝ったんだ。だからもういい。もう楽になっていい。
 調査のためか、浅瀬に向けて曳航索をくくりつけられている酒匂は、私の声にゆっくりと振り向いた。
 その顔は焼けただれ、痛みで表情を歪ませながらも、幸せそうに微笑んでいた。

「ありがとうございます・・・長門さん」

 そして酒匂は曳航索をふりほどくと、穏やかな顔で仰向けに倒れ、ゆっくりと海中に消えていった。


    ※


 二回目の実験は、二週間ほどの間をおいて行われた。
 敵国の船、特に恨みを持つ真珠湾攻撃時の連合艦隊旗艦など、さっさと沈めたいのだろう。私の艦首には穴が穿たれ、機雷がくくりつけられた。新型爆弾と機雷の反応を見たいということだが、はてさて。
 二発目は先ほどより近く、海中で爆発した。海の中のせいか、閃光はない。その代わりに現れたのは、まるで水風船のように膨れ上がる海面だった。
 直径1キロほどか。海面がそのまま垂直に持ち上がり、破裂するようにキノコ状の雲が空を覆い尽くす。そのキノコの柄にあたる水柱に張り付いていたのは、私より二周りほど小さい戦艦だった。2万トンを超えるであろうその巨体を持ち上げるとは、改めてその爆弾の力に恐怖を覚える。
 爆風に押され、誘爆した機雷が私の体を内部から焼き尽くす。だが、最重要区画は耐えることができた。まだ、立っていられる。

「私が、こんなので沈むわけない・・・」

 多くの船が沈み、耐えた船も苦悶の表情を浮かべる中。ふと背後から聞こえた声に振り向く。プリンツ・オイゲンといったか、ドイツから接収されてきた重巡洋艦がそこに立っていた。
 爆心地から少し離れたところにいたとはいえ、二発の爆発を受けても原型を保っている様は見事なものだ。
 一発目と二発目の間の空白期間に、話を伺った。彼女は戦艦ビスマルクと共に多くの戦場に出撃し、華々しい戦果を挙げながらも被弾はほとんどないという、奇跡のような強運艦だったらしい。戦争の大半を泊地で過ごした私からすれば、少し耳が痛い話だ。
 その強運はここでも発揮されているのだろう。多少のダメージはあるものの、その船体は実験開始前とほとんど変わりはしなかった。
 だが水中爆発だったので、見えないところに酷い損傷があるのだろう。喫水がやや下がり、表情はやや苦しげに見えた。

「・・・長門さん」

 私の視線に気づいたのだろう。調査の為に曳航され始めた彼女は、引きずられながらこちらを見た。

「もう、いいですかね?」

 息も絶え絶えに漏らした声は、覚悟を決めたような落ち着いた声だった。私や酒匂とは違い、歴戦を経てきた彼女だからわかるのだろう。自分の体はもはや限界なのだと。
 しかし彼女はいち巡洋艦であり、命令に従う兵士だ。自分の最期を自分で決めるのは、躊躇いを感じるのか。
 十分だろう。多くの戦いに身を投じ、敵の攻撃も二発の新型爆弾も耐え抜いてきた。彼女も祖国の、いや我々枢軸国の誇りだ。
 彼女が敬愛するビスマルクではなく、彼女に命令を出せるような立場ではないが、いいだろう。

「もういい」

 私が許すと、彼女は嬉しそうに「Danke gut」とつぶやき、笑顔で敬礼し、自ら転覆した。
 ついに彼女は敵の手に掛かることなくその生涯を終えたのだ。彼女は間違いなく、この戦争に勝利したのだ。


    ※


 二度目の実験から四日が過ぎた。
 次はいつ行われるのか。噂では放射能汚染が深刻なため、中止するという話も挙がっているらしい。そうなれば私はどうなるのか。調査のために解体か、標的艦か。いずれにせよ、このまま生き残ることはできないだろう。
 ならばその最期の時まで、私は戦い抜いてやる。どんなことをされても日本の心は折れないと、奴らに知らしめる。酒匂もプリンツもいなくなってしまったが、まだ私の戦いは終わりではない。
 構造物は焼けただれ、擬装はなぎ倒され、体も少し傾いてしまった。全身が悲鳴を上げている。だが私の心はまだ悲鳴を上げては・・・

―――長門さん

 ふと、懐かしい声が聞こえた。
 こんな真夜中に、日本の艦も人もどこにもいない場所で、そんな声が聞こえるはずがない。
 幻聴か。しかしそれははっきりと、目の前に浮かび上がった。

「大和・・・?」

 マリアナ、レイテで共に戦い、今は坊ノ岬で眠っているはずの彼女が、そこに立っていた。

―――あなたは十分戦いました。これ以上気を張る必要はありません

 大和は名前通り、大和撫子のような柔和なほほえみで私の手を取る。その手は温かく、1ヶ月気を張り続けた心を優しく溶かしていくようだった。
 一瞬、その手を握り返したい衝動に駆られるが、私にそんな権利はない。

「まだだ。戦艦として生まれた以上、死ぬまで戦い続けるのが運命だ。終戦しても私が生き残ってしまったのは、ここで戦うという意味があったからこそだ」
―――だから、その戦いにお前は勝ったんだ

 大和の手をふりほどくと、今度は背後から声がかけられた。
 武蔵だった。やはり共に戦い、恐らくは世界の誰よりも魚雷と爆弾を受け、シブヤンの海で壮絶に散っていった大和の妹。

―――酒匂やプリンツたちにはもういいと言っておきながら、自分自身は許さないなんて、とんだ矛盾だな

 腰に手を当てる武蔵の言葉は、大和とは違い無愛想だ。しかし彼女もまた、戦いを続けようとする私を止めようとしてくれる。
 確かに、酒匂たちは「もういい」のに、私だけは「まだ」だと思うのは矛盾しているのかもしれない。自分で自分が許せない、ただのエゴなのだろうか。
 だが、すべての結果には意味があるはずだ。一度目の爆発で沈んだ酒匂。二度目の果てに自ら命を絶ったプリンツ。二発に耐え抜いた私。それぞれに戦いがあり、意味がある。
 生き残ってしまった私の意味はなんなんだ?世界最大級のビッグセブンとして生まれたにも関わらず、戦いで撃沈されず、戦後解体もされず、日本海軍最後の戦艦となってしまった私に、存在する意味はあるのか?
 きっとこの先にあるはずだ。私のここまで生き残った意味、死に場所が。

―――最期に意味なんて求める必要はないわよ

 三つ目の声は、誰よりも親しい声だった。
 共にビッグセブンの一員に数えられ、「日本ノ誇リ」と詠まれ、最期は謎の爆発で突然の別れとなった、私の何よりも大切な存在。

「陸奥・・・」

 3年ぶりに見た妹の姿に、思わず涙がこぼれた。
 陸奥は私の手を両手で握りしめると、にこりと微笑んだ。

―――大切なのはどう死んだかじゃない。どう生きたか。そうじゃない?
「だが、私は全然戦わず、誇れるような人生を送ったわけじゃない」
―――でも、震災の時に多くの人を助けたし、日本中から憧れの的にされたでしょ?

 戦争が始まる前、関東大震災で救援物資を運び、被災者から幾多もの感謝を受けた。観艦式での少年たちの羨望の眼差しは、今も瞼の裏に焼き付いている。

―――姉さんは十分戦った。誰も姉さんに後ろ指を指したりなんてしない。だから・・・

 陸奥、大和、武蔵。それだけじゃない。共に戦った仲間たち、私を動かしてきた軍の者たち、私を見た―――私が守った国民たちが、そこに並んでいた。
 その全ての眼差しが優しかった。戦いもせずに生き残った不幸者ではない、戦いを終えた戦士だと、目が語っていた。
 止めどなく溢れる涙をこらえることはできず、その全ての眼差しに向かって、震える声で尋ねた。

「もう・・・いいかい?」

 一斉にうなづき、答えた。

―――もういいよ

 ふと気がつくと、そこは深夜の環礁。陸奥たちの姿はどこにも見られなかった。
 沈んだ、死んだ者たちが私を迎えに来ていたのだろうか。あるいは自分で自分を許せない私が、許したいと思う私を記憶の中の姿に変えて映し出していたのか。
 どちらでもよかった。もはや私に、これ以上ここに立ち続けるつもりはなかった。
 身勝手な人生を送り続けた私の、最後のわがままだ。沈む醜態を米兵たちに見せるのは嫌だ。誰も見ていない今のうちに、最期を迎えることにしよう。
 船体に浸水する。傾きが増し、体が海面につく。先ほどまで全身が悲鳴を上げていたはずだが、気を張ることをやめたせいか、今はとても穏やかな気分だ。
 決して順風満帆な人生ではなかった。時に苦しく、時に辛い日もあったが。
 最期にこうして笑顔で没せるなら、きっと私の戦いは勝利だったのだろう。




海の古強者は死せず。

幾万もの英霊達が、水底を支えているのですよ。


先日、大和の命日ってことで去年書いた大和小説を読んで、自分で書いたのに号泣して(自画自賛じゃなくて男たちの大和思い出したんです)。

無性にまた軍艦主役の小説を書きたくなり、かねてより書きたかった長門のクロスロード作戦を書かせていただきました。


もうね。長門の死に様が大好きなんですよ。好きっていうと語弊があるけどいやほんとに。かっこよすぎるでしょ。

艦生全体ではこれでもかと言いますが磯風が大好きですが、ラストに関しては長門が大好きです。

で、その現場に私がいたらまず「もういいよ」と言いたい。そんな気持ちを込めて書きました。


・・・まあ、二発の水爆を食らって生き残った戦艦は他にもいっぱいいるんですが、それはいいんだよ。他はどうでもいいんだよ。長門が頑張ったってただそれだけで十分なんだよ。

酒匂もプリンツも自分の誇りを捨てなかった最期にしか見えないんですよね。本当にかっこいいです。そういうものじゃないけど、クロスロード作戦は間違いなく枢軸国の勝利だったと確信しています。

死ぬ前に一度でいいからビキニ環礁で彼女たちの姿を拝みたいと思ってます。プリンツは今も海面にプリケツを見せてるので楽ですが、長門や酒匂は難しいらしいですね・・・溺れてもいいから見たい(マテ

あと菊月も海面に姿を見せているらしいですね。ぜひ参拝したいですが、浸食が激しく数年内に崩れる可能性もあるとか・・・

ヴェールヌイこと響もダイビングスポットらしいので、せめてそこくらいは行ってみたい。切実に。


次何書きましょうかね。戦いの描写は大変なので別の形で最期を迎えた艦をいろいろ書きたいですが・・・鳳翔さんとか結構話になりそう。

磯風は当鎮守府に来てから書きたいと思っていますが、なかなか来ません。だから頼むから来いって。俺は十年前から恋焦がれているんだよ。
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